需要と供給を同じ解像度で前進させる。 AI時代におけるデータドリブン経営の「次の一手」
株式会社りらく

栢菅 昭嘉(上)、千星 実成(下)、冨田 恭平(右)/敬称略
全国に約600店舗超を展開する株式会社りらく。同社では以前から、経営会議でも細かい粒度で数値を追い、データを前提に事業を見ていく文化が根付いていた。だからこそ次に求められたのは、単なる可視化の強化ではなく、需要と供給を同じ解像度で前進させることだった。まず供給側では、より高い精度で需要を読み、供給力そのものを最適化していく。そして需要側では、マーケティング部門がより速く分析し、施策判断につなげていく。その両面から、経営の解像度を一段引き上げることだった。
取り組みの起点となったのは、600店舗規模の需要予測である。当時の現実解から始まり、技術と運用基盤の進化を背景に次世代の個店予測へ。一方で需要側では、分析を「依頼して待つ仕事」から「自ら問い、すぐに検証できる仕事」へ。需要と供給を同じ解像度で前に進めてきた長期伴走の軌跡を、りらく様のお二人と、HiveIQの冨田に伺った。
株式会社りらく
栢菅 昭嘉
/
執行役員 事業本部長
需要予測の精緻化、セラピスト稼働の最適化、供給力の安定向上を担当。
千星 実成
/
執行役員 マーケティング本部長
マーケティング分析、AIエージェント活用、仮説検証の高速化を担当。
HiveIQ
冨田 恭平
/
CSO & Data Consultant
課題整理、モデル選定・設計から実装まで、プロジェクト全体を担当。
Index:
Share on:
1. データドリブンの、その先へ
―― まず、りらく様では以前からどのようにデータを経営や事業運営に活用してきたのでしょうか。
栢菅
私が入社した2014年当時から、各店舗の売上実績や来店客数、セラピストの稼働状況といったデータを活用していました。どの曜日のどの時間にお客様をお断りしてしまったか(機会損失データ)と、セラピストの入店スケジュールを照らし合わせて調整するなど、「需要と供給のミスマッチをいかに最小化するか」という点には、一貫してこだわってきました。

―― 今回の取り組みを振り返ると、需要側と供給側それぞれに、どんな高度化テーマがありましたか。
栢菅
供給側のテーマは「供給の最適化」です。全国600店舗で「いつ・どこで・どれだけの」需要が発生するかを精緻に予測し、それに応えるセラピストをいかにミスマッチなくマッチングできるかに取り組みました。需要と供給がより高い精度で連動することが、今回の大きな狙いとしてありました。
千星
需要側のテーマは、マーケティング分析をもっと速くすること、そして最終的には自分たちで分析を回せる状態に近づけることでした。私たちが扱うのは、全国600店舗の来店データや会員の行動データです。施策を打つたびに「どの層に効いたのか」「次はどこを狙うべきか」をすぐに確かめたいのですが、そこに時間がかかっていました。その分析のスピードを上げることが、供給側の高度化と並ぶ、需要側の柱でした。見ている対象は違っても、どちらも経営判断を速く、正確にするための取り組みです。
―― 起点となった「600店舗規模の需要予測」は、なぜそれほど重要な経営テーマだったのでしょうか。
栢菅
いくら需要を喚起しても店舗の供給が不足していては機会損失になりますし、逆に供給に余剰がある店舗にはピンポイントで需要を集める施策を打つ必要があります。多店舗事業では店舗ごとに条件が異なるため、全国600店舗の需要を店舗単位でどう読むかが、セラピストの需給マッチングや運営判断に直結する重要なテーマでした。

2. HiveIQと組む理由
―― りらく様から見て、HiveIQと組む価値はどこにあると感じていますか。
栢菅
当社はもともと内製志向が強い会社です。それでも外部パートナーとしてHiveIQさんにご一緒いただいているのは、経営として信頼しているからにほかなりません。いわゆる外部の支援会社とは立ち位置が違って、事業の中に入り込んで一緒に手を動かしてくれる存在だと感じています。
―― その「経営としての信頼」は、どのように培われてきたのでしょうか。
栢菅
一つひとつの取り組みが、きちんと事業の成果につながる形で返ってきた積み重ねだと思います。流行りの技術を持ち込むのではなく、当社の課題や現場の感覚に合わせて手を動かしてくれる。その積み重ねが、いまの信頼につながっています。
―― HiveIQ側は、どのような関わり方でこの取り組みを進めてきたのでしょうか。
りらく様では需要と供給それぞれの課題をご担当の方が持たれ、私たちHiveIQが全体の設計と実装を担う形で進めてきました。特定のツールを納品して終わり、という関わり方はあえてしていません。事業課題が動くたびに、その時々でもっとも効く形を一緒に考え、実装から運用まで伴走してきました。意識してきたのは、技術ありきではなく事業課題から逆算すること。テーマが移っても、その軸は変わっていません。

3. 需要予測から供給力へ
―― プロジェクト開始当初、なぜ個店予測ではなく「5クラスタ予測+按分」だったのでしょうか。
目指していたのは個店単位の需要予測でしたが、当時は600店舗すべてを個別に予測し、安定運用まで持っていくのは現実的ではありませんでした。そこでProphetをベースに、店舗を5つの需要パターンにクラスタリングして予測し、そこから各店へ按分するアプローチを採りました。まずは事業で使える精度と運用性を確保し、そこから精度を上げていく、その第一歩としての現実解でした。
―― 5クラスタ予測+按分は、実務上どのような価値がありましたか。
栢菅
「店舗を5つの需要パターンに分類し、そこから個店へ按分する」というアプローチは、100点満点の理想解ではありませんでしたが、実務においては極めて大きな価値がありました。経営会議やエリア担当者との会話において、「勘や経験」ではなく「データに基づいた需要トレンドと供給のギャップ」を共通言語として議論できるようになったからです。まずは「ビジネスで使える実用解」を早期に現場へ取り入れ、データ主導の仮説検証サイクルを回し始めた第一歩として、非常に価値のある取り組みでした。
―― 2019〜2020年当時、他にも候補はあったと思います。なぜProphetが最も合理的で、精度以外には何を重視したのでしょうか。
モデル精度だけで選んだわけではありません。検証回数、計算時間、実装環境、運用保守、再学習、監視、障害時のリカバリまで含めた総合判断が必要でした。ProphetはCPUベースで実行しやすく、Pythonで実装でき、季節性・休日効果・トレンド変化を扱えて、欠損や外れ値にも比較的強いモデルです。個店単位の大量予測を短い検証サイクルで回すうえで、精度・説明性・実装容易性・運用安定性・コストのバランスが最も良かったのです。だからこそ、当時はProphetがベストな選択でした。
―― 深層学習系は、当時なぜ実務上の候補になりにくかったのでしょうか。
当時もLSTMのようなGPUを使う深層学習系の時系列モデルは、選択肢として認識していました。ただ、個店単位で大量の時系列を扱い、特徴量・期間・粒度・店舗セグメント・評価指標を変えながら何度も試行錯誤するリサーチフェーズでは、GPU前提のモデルは1回あたりの学習時間とコストが重く、検証サイクルを速く回せません。さらに、当時のTreasure Data環境のCustom Script上で安定運用するには、GPUインフラ・学習ジョブ管理・モデル管理・再学習・監視・失敗時の復旧まで含めたMLOps基盤を別途整える必要がありました。理論上の選択肢ではあっても、当時のプロジェクト条件では現実的な検証対象になりにくかった、ということです。
―― 今回、TFTによる個店予測を提案できるようになったのは、何が変わったからでしょうか。前回のProphet採用とは、どうつながっていますか。
今回TFTを提案できるようになった背景には、モデルそのものの成熟に加え、GPU環境、深層学習ライブラリ、学習ジョブ管理、モデル管理、MLOps、クラウド計算資源の使い方が大きく進化したことがあります。TFTは2019年末に公開された比較的新しい手法で、当時は実務導入の知見も運用ノウハウも十分ではありませんでした。現在でもV100クラスのGPUで約40時間かかる規模のモデルであり、当時のリサーチフェーズで大量の試行錯誤に組み込むのは、時間・コスト・運用のいずれの面でも現実的ではありませんでした。つまり、前回Prophetを選んだのは保守的な妥協ではなく、当時の事業・技術環境における最適解でした。今回のTFTは、計算環境と運用基盤が追いついて初めて実装の射程に入った、次世代の個店予測モデルという位置づけです。

―― 個店予測になることで、現場や経営の見え方はどう変わると感じていますか。
栢菅
これまでパターンで丸められていた店舗ごとの違いが可視化されると感じています。より現場の実態に即したデータをセラピストの皆様にお伝えすることで、納得感をもって入店スケジュールの調整に臨んでいただけるようになります。結果として、機会損失の最小化だけでなく、セラピストの皆様のエンゲージメント向上にもつながると期待しています。
―― セラピストの離脱予兆モデルは、なぜ次のテーマとして重要だったのでしょうか。
栢菅
需要予測の精度をどれだけ高めても、それに応える「供給」、つまりセラピストの皆様が店舗にいてくださらなければ、我々のビジネスは成立しません。当社のビジネスモデルの本質は、セラピストの皆様の活躍を支えるプラットフォームです。したがって、供給を安定的に維持するうえで、セラピストの離脱予兆を検知することは非常に重要なテーマでした。データの変化から「離脱の予兆」を早期に検知できれば、事前にコミュニケーションを深めたり、働きやすい環境へのフォローを行ったりと、先回りのアプローチが可能になります。セラピストの皆様に長く安心して活躍していただき、店舗の供給力を安定維持するためにも、このモデルの役割は非常に大きいと考えています。

4. 分析の待ち時間をなくす
―― マーケティング部門では、どのような場面で「分析にたどり着くまでの時間」が課題になっていましたか。
千星
課題は、分析の精度というよりも「分析にたどり着くまでの時間」でした。たとえば、ある施策の反応を顧客セグメント別に見たいと思っても、必要なデータを抽出して集計し、検証できる形にするまでに時間がかかる。その間に次の判断のタイミングが来てしまい、「確かめたいのに、確かめきれないまま進む」ということが起きていました。
―― その課題は、日々の施策運用や仮説検証の進め方に、どんな影響を与えていましたか。
千星
分析に着手するまでのリードタイムが、そのまま施策スピードの制約になっていました。一つ仮説を確かめたくても、すぐには動けない。結果として、検証できる仮説の数そのものが絞られてしまうんです。マーケティングは打ち手の量とスピードがものをいう場面も多いので、この「待ち時間」が想像以上に機動力を縛っていた、と感じています。
―― そこで、AIエージェントによるデータ分析は、どのような狙いで提案されたのでしょうか。
需要側で私たちが向き合ったのは、分析の精度ではなく、問いを立ててから答えに届くまでの距離をどう縮めるか、でした。マーケティングの仮説検証は、思いついた問いをどれだけ速く確かめられるかで機動力が決まります。そこで、自然言語でデータにアクセスして必要な示唆をその場で得られるAIエージェントを提案しました。「依頼して待つ」という構造そのものを変えにいった、ということです。
―― マーケティング領域でAIエージェントを実務に乗せるうえで、特に重要な設計ポイントは何でしたか。
単に質問に答えが返ってくるだけでは、業務では使えません。マーケティングの問いは「直近で伸びている顧客層は?」のように曖昧なことが多く、そのままではデータ定義に落ちない。だからAIが即答するのではなく、対象期間・チャネル・指標といった前提をいったん確認してから分析に進む——プロのアナリストと同じ「確認手順」を踏ませることを重視しました。同じ問いに毎回ぶれず、再現性のある分析を返せること。便利なだけでなく、業務で信頼して任せられる分析支援にすることを、設計の中心に置いています。

―― AIエージェントがあることで、マーケティング担当者の仕事はどう変わると感じていますか。
千星
いちばん大きいのは、分析が「依頼する仕事」から「自分で問い、自分で確かめる仕事」に変わることです。これまでは、聞きたいことを整理して依頼し、返ってくるのを待っていました。それが、思いついたその場で問いを投げて、すぐ手元で確かめられる。しかも一度の分析で終わらず、「じゃあ次はこう見たら?」とその流れで掘り下げていける。問いの立て方そのものが変わりますし、PDCAの速さがまったく変わってくると思います。
―― 実際には、どのような問いをAIエージェントに投げるイメージでしょうか。
千星
たとえば「直近の来店傾向はどう変化しているか」「先週の施策にいちばん反応したのはどの顧客層か」「あるエリアで伸びているセグメントは何か」といったことを、自然言語でその場で確認するイメージです。これまでなら分析担当に依頼していたような問いを、思い立ったときにすぐ投げられる。「聞けば返ってくる」環境があること自体が、打ち手の幅を広げてくれると感じています。

5. 需要と供給をそろえる
―― 需要側の取り組みと供給側の取り組みは、経営としてどのようにつながっているのでしょうか。
栢菅
供給側の個店予測と離脱予兆検知によって、「どの店舗に、どれだけの供給の余剰や不足があるか」が個店単位で可視化されます。
千星
需要側の取り組みによって、「今、どのエリアのどんな顧客層へ、どのようなマーケティングを打てば最も効果的か」を現場が瞬時に判断できるようになります。供給側で見えた余力に、需要側の打ち手をその場で合わせにいけるということです。需要と供給の双方が高い解像度で連動することで、より効率的な経営が実現すると考えています。
―― りらく様として、長くご一緒いただいている理由はどこにあるとお感じですか。
栢菅
当社には自社だけでは扱いきれない量のデータがあり、その粒度の細かさまで踏み込んで扱ってくれる。しかも社内にはない分析の視点を持ち込んでくれる。そこに大きな価値を感じています。
千星
対応が早くて、的確で、こちらが気づく前に提案してくれる。「これ、こうしたいんだけど」と相談すると、すぐに自動化まで持っていってくれる。だからこそ、内製志向の当社でも手放せないパートナーになっています。
―― HiveIQとしては、この長期伴走をどう捉えていますか。
長期伴走の価値は、結局のところ「技術」を「事業」に翻訳し続けることにあると思います。同じ相手と長く伴走していると、その翻訳の精度が上がっていく。りらく様の事業や現場の感覚が分かっているぶん、次に何を出すべきかの見立てが早くなります。そこがいちばんの価値だと感じています。

6. 次の段階へ
―― 今後さらに深めたいテーマや、広げていきたいテーマを教えてください。
栢菅
まずは、今回取り組んだ個店予測や離脱予兆の仕組みを、現場のオペレーションへしっかり定着させること。その上で、将来的には供給全域へデータ活用を広げていきたいと考えています。
―― 「供給全域へ」とは、具体的にどのような広がりをイメージしていますか。
栢菅
いまは需要予測と離脱予兆が中心ですが、その先には、新規セラピストの募集から、育成、そして最適な店舗とのマッチングまで、供給に関わる一連のプロセスをデータでつないでいきたいと考えています。需要を「読む」だけでなく、供給を「つくり、育て、活かす」ところまで一気通貫で高度化していく。そこまで到達して初めて、需要と供給が本当の意味で連動する経営になると思っています。
千星
需要側では、分析のスピードと自律性をさらに高めていきたいですね。いまはまだ、AIエージェントを使いこなす入り口に立ったところです。将来的には、担当者が日々の問いを自分で回しながら、その知見がチームに溜まっていくような状態を目指したい。どちらか一方ではなく、需要と供給の両面を同時に前進させることが、これからも大切だと思っています。
HiveIQとしても、技術の新しさを追うだけでなく、事業にとって本当に意味のある更新を積み重ねていきたいと考えています。今回のTFTや離脱予兆のように、環境が変われば最適解も変わります。そのたびに、いまの事業に効く形を提案し続けたいと思っています。

7. これから挑む企業へ
―― 最後に、同様の取り組みを検討している企業へ、伝えたいことはありますか。
栢菅
最初から完璧な形を求めすぎないことだと思います。私たちも、まずは5クラスタ+按分という「その時点で使える解」から始めました。完璧でなくても現場で使い、そこから更新していく。その積み重ねが、結果的にはいちばん大きな前進につながるはずです。データドリブンは一度の導入で終わるものではなく、事業とともに育てていくものだと感じています。
千星
需要側では特に、問いを立ててすぐ確かめられる環境があるかどうかで、施策のスピードが大きく変わります。分析の精度を上げることばかりに目が向きがちですが、実は「分析にたどり着くまでの時間」をどう減らすかのほうが、現場の機動力には効いてきます。まずは自分たちが本当に速く知りたいことは何かを、具体的に言葉にしてみるとよいと思います。
技術そのものより、業務や意思決定の流れをどれだけ具体的に言語化できるかが重要だと考えています。「効果が出ている施策はどれか」という問い一つとっても、期間・チャネル・指標を決めなければ答えは出せません。逆に言えば、事業課題から逆算して業務を言語化できれば、AIも機械学習も一気に強い武器になります。まずは小さく始めて、使いながら更新していくアプローチをおすすめします。


